Bishop Museum Mobile Tours

Mobile Tours Home

ハワイの旗には200年の歴史があり、現在のような、アメリカとイギリスの要素を取り入れたデザインになったのは、1845年ごろといわれています。 ハワイ王国の歴史に大きな影響を与えたアメリカとイギリス―。

一説によると、リリウオカラ二女王率いるハワイ王国が転覆する以前に、なんら権限のないイギリスの一船長が、ハワイ乗っ取りをもくろみ、その動きに危機感を頂いたハワイ王国が、キルトによる旗作りを推し進めたといわれています。

1843年2月、イギリス海軍のジョージ・ポーレットが、軍艦HMSケアリーズフォートに乗り、ホノルルに到着。ポーレットはハワイに住むイギリス人の人権について、カメハメハ3世と直接会談に臨みました。その中で話し合いが進まなければ、ホノルルを攻撃すると脅迫したびです。ポーレットはハワイ臨時政府を立ち上げて、イギリスの国旗・ユニオンジャックを揚げるよう命じました。  しかし、ポーレットによる臨時政府は短命に終わり、7月には、ハワイ王国に主権が戻りました。 この時、カメハメハ3世が 有名な次のことばを残しています。 ウア マウ ケ エア オ カ  'アイナ イ カ ポノ' 「大地の生命と主権は、義と共に不滅である。」

1870年代から80年代にかけて、現在のデザインを用いたキルト製の旗が作られるようになりました。

そして1893年、リリウオカラ二女王が退位します。ハワイの女性たちは、アメリカによるハワイ併合への反対と王族への支持を表すため、旗のキルトをつくり続けました。 キルトには、ハワイ王国への敬意を込めて、王家の紋章が縫いこまれたものもあります。